論文
アフリカにおける開発経済学
内田 しのぶ
はじめに
開発途上国に分類される国はさまざまある。その中で現在、貧困の除去が最も必要とされて
いるのはアフリカではないか。なぜなら現在アフリカは、48 カ国の後発開発途上国(LLDC)
の 33 ヶ国を占め、42 カ国の重債務貧困国(HIPCs)のうち 34 カ国を占めるからである。アフ
リカにおいて経済発展をするためには、経済インフラまたは社会インフラの整備が必要である。
今回は、社会インフラの整備の点からアフリカの経済成長を考える。現在アフリカにおいて、
人的資源は有効に利用されていないのが実情である。発展途上国が貧困緩和または削減を果た
すためには、自助努力が最も必要となるであろう。そのためには人的資源の有効活用が不可欠
である。貧しい人々が最低限の生活をするにはどうすれば良いのか。アフリカの開発経済学を
さまざまな点から考える。
1. アフリカの歴史
1.1 アフリカの奴隷貿易
大航海時代、ヨーロッパ人
1
はイスラム世界の彼方やアフリカの世界のどこかに「黄金の国」
があると信じて航海を続けていた。15 世紀末、東インドと香辛料の直接取引を狙い、さらにイ
スラム世界の背後に隠された黄金の山を発見しようとしたヨーロッパ人は、喜望峰を経由して
インド洋に進出する一方で、大西洋横断に成功した。こうして、アフリカ世界とアメリカ世界
に足がかりを築いた。その後ヨーロッパ人は直接的な略奪、いわゆる大西洋奴隷貿易を始める。
16 世紀初頭に始まった奴隷貿易は、19 世紀近くまで 400 年近くも続くことになった。また、こ
の奴隷貿易は三角貿易のネットワークの一部であった。
三角貿易のメカニズムは、ヨーロッパの奴隷商人がヨーロッパで生産した綿製品、羊毛、酒
類、装飾品などを仕入れ、アフリカの沿岸部で奴隷と交換する。その奴隷は、西洋を越えてカ
リブ海やブラジルに専用船で搬送される。そこでは、ヨーロッパ人の嗜好品である砂糖やタバ
コ、コーヒー、綿花などのプランテーションが経営されており、先住民の大部分が死滅して労
働力不足に陥っていたため、重労働に耐えるアフリカ人奴隷が必要になっていた
2
。
1.2 奴隷貿易の傷跡
まず奴隷貿易は強制的な人口移動として、人類史上最大規模のものであった。しかし、アフ
リカ世界すべてが均等に奴隷貿易の影響を受けたわけではなく、主に影響を受けたのはセネガ
ルからアンゴラにかけての大西洋岸であった。大西洋岸では、奴隷貿易によって人口規模が長
期にわたって停滞し、とくに青壮年層を大量に奪われたことが、今日のアフリカ低開発の歴史
的根源になったとされる
3
。
29 香川大学 経済政策研究 第 3 号(通巻第 3 号) 2007 年 3 月
1.3 植民地化前のアフリカ
19 世紀初期にはアフリカの対外貿易は奴隷貿易に依存しており、その仕向け先は、南北アメ
リカ、インド洋の諸島および沿岸地域、インド、ヨーロッパ、中東であった。19 世紀中頃には、
東および中央アフリカからインド洋への奴隷貿易はピークを向かえた。しかし、1880 年頃まで
には、大西洋、サハラ越えおよび中央・東アフリカの奴隷貿易は減少し、アフリカの対外貿
……(新文秘网https://www.wm114.cn省略2322字,正式会员可完整阅读)……
に必要な資金を長期
にわたって貸与することを役割としていた。
1970 年以降IMFの必要措置についての考え方は、開発途上国支援強化のためにそれぞれの考
え方、政策条件を大きく幅広げた。IMFは、通貨の切り下げ、および財政・金融の緊縮を主な
政策とするマクロ的で短期的な需要の調整によって経済のバランスを回復しようとする見方を
もっていた。だが、開発途上国の国際収支困難の理由を、経済活動に対する規制等、供給に対
する制約に起因する構造的なものであり、経済構造の改革を通じて供給を増加させることが必
要だと考える見方に変えた。また、世銀は 1970 年代以降開発途上国が直面する国際収支困難な
どマクロ経済的な問題に対処するためには、「足の速い」資金を短期的に大量に供給することが
必要だと考えるようになった。このようにして、IMFと世銀はともに構造調整融資に乗り出す
31香川大学 経済政策研究 第 3 号(通巻第 3 号) 2007 年 3 月
ことになった
9
。
2.2 世銀と IMF の融資スキーム
世銀の融資は市場ベースでの開発途上国支援、所得水準の低い国に限って、より緩和された
条件で供与される国際開発協会
10
の枠を通じた融資スキームがなされた。また、IMFは、1980
年代後半、構造調整ファシリティ
11
、拡大構造調整ファシリティ
12
といった、借り手に有利
な融資制度を導入した。こうして 1980 年代後半以降、多数のアフリカ諸国を含む低所得者に対
しては、IMFと世銀がそれぞれの構造調整支援に対する融資の枠組みを持つようになった。こ
のIMFによるスタンド・バイ取極め
13
や構造調整支援は、構造調整融資だけではなく、援助国・
機関が、マクロ政策支援を行う際にも前提条件とされた。さらに、ドナー・民間銀行団による
債務返済期限の延期についての合意もあらかじめIMFおよび世銀の支援が必要となった。結果
として、IMF・世銀の構造調整支援の決定がその何倍もの外貨資金の動員を左右するようにな
った。これをてこにして、開発途上国の政府に経済政策の変更をせまることができるようにな
った。多くのアフリカ諸国は、有無を言わさず構造調整政策を受け入れざるをえなくなったの
である
14
。
2.3 構造調整政策の内容
世界銀行には構造調整融資に従って実施される構造調整プログラムがあり、さらにそれがマ
ニュアル化され、どの国にも共通した政策が適応されることになった。その内容の主な点は、
経済の_化政策である。この_化政策は「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれる。
ワシントン・コンセンサスは、①為替レートの_化、②金利の_化、③貿易の_化、
④外貨の_化、⑤民営化、⑦公共支出改革、⑧税制改革、⑨財政の自立、⑩私的所有権の保
障という 10 カ条からなる。これらの条件を遂行することが、世銀の融資の条件となった。また、
_化にも 3 つの手段があり、①為替レートの_化、②金利政策(実質金利をプラスにする
政策)、③統制価格の撤廃、すなわち政府が決めていた財やサービス価格の_化である。
このようにアフリカの経済は、小さい政府と市場経済原理という単純明快な論理に従って変
更されていくことになる
15
。
2.4 構造調整政策の是非
1980 年代初めにおいて、アフリカ諸国ではごく一部の国しか構造調整政策をとろうとしなか
った。しかし、その後次第に構造調整政策を実施していく国が増え、1986 年には約 30 のサハ
ラ以南アフリカ諸国がこのプログラムを実施することになった。構造調整政策は、その変更が
社会・経済・政治と大きく影響するため、実行は容易ではない。また、実行していくに伴いさ
まざまな非難を浴びた。
まず、第一に内政干渉だと非難された。IMF と世銀の主張は、支援対象国に政策の変更を提
案し、支援対象国との合意の上で実施を求めているというものであった。しかし、ドナーや債
権機関の資金を左右することができる IMF、世銀に異を唱えることは難しく、実際はほとんど
の国が要求をそのまま受け入れることになった。そして、それはアフリカ諸国のそれまでの理
32アフリカにおける開発経済学
念を変えてしまうことになった。また、ドナーがアフリカ諸国に対して政治的要求を行ってい
けるような状況を作り出すこととなった。
第二に、弱者に不利益を与えるという事態が起こった。例えば、自国通貨の切り下げは輸入
依存度の高いアフリカ諸国ではインフレが引き起こされ、低所得者層の人々の生活をさらに苦
しくすることになった。
第三に、構造調整は、アフリカの経済の安定回復や開発の観点からも有効ではないと非難さ
れた。為替の切り下げや国営企業の民営化は、産業や市場の十分発達していないアフリカでは、
成長促進に繋がることはなかった
16
。
しかし、構造調整政策が悪影響のみを及ぼしたかといえばそうではない。構造調整政策を続
けてきて、成果を結び始めた国もある。例えば、コートジボアール、ウガンダ、マリでは、為
替レートの切り下げを行ったにも関わらず、インフレになることもなく、輸出競争力が改善し
た。また、SPA(サハラ以南の低所得重債務国に対する特別プログラム)により、債務が軽減
された。政治面で、いくつかの国は軍事支出を削減し、社会的支出および人的資源への投資に
振り向けた例もある
17
。
このように、構造調整政策はさまざまな問題点を残している。未だ国民生活に目立った改善
は見られておらず、アフリカ経済の改善には長い時間を要するであろう。アフリカには自助努
力が必要であり、援助機関・IMF・世銀は、アフリカの実情に見合った構造調整政策、援助を
すべきである。
3. 人口問題
3.1 アフリカにおける人口増加と経済に対する作用
人口増加は本来、資本蓄積、技術進歩など経済成長の重要な要因となる。人口が増加すれば、
生産に携わる労働力が増え、国内市場の規模も大きくなる。これは先進国においてはプラスに
作用する。しかし、国内市場が小さく雇用が吸収しきれないアフリカにおいてはそうはいかな
い。アフリカでの人口比率は、高齢者の比率は増えず、子供の比率が高いままとなっている。
アフリカでは全人口に占める 15 から 64 歳までの働く年代の人々の比率は 53%であり、また全
人口に占める 15 歳未満の子供の比率が 44%にも上る。それらの子供が続々と大人になってい
く。それに見合って雇用量が増加しないために若年失業者が増えているなどの問題も存在する
18
。さまざまな問題を考慮しながら、アフリカにおける人口増加と経済成長の問題について考
える。
3.2 途上国での人口増加原因
人口増加には人口転換(人口増加についてのプロセス)は、3 つの段階があるとされる。
・第一段階:出生率と死亡率が共に高く人口増加が緩慢な時期
・第二段階:予防医学の発達により死亡率が下がるが出生率は高いまま、という人口増加が加
速する時期
・第三段階:死亡率も出生率も下がり、人口増加が停滞する時期
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この時期には、生活水準が改善される
19
途上国では、第一段階から第二段階の移行期だといえる。アフリカの人口は、勢いが衰える
ことなく急増している。外国援助によって、簡易な保険医療サービスが導入されたため、独立
後から 1980 年代にかけては、平均余命が伸びたためだ。1993~2000 年にかけては、HIV/エイ
ズの流行によって平均余命は短くなったが、ウガンダなどでは 1992 年~2000 年にかけて、性
感染症への対策強化、妊婦への自主的HIV検査とカウンセリングの推奨といった活動が成果を
挙げて、感染を抑制させることに成功した例
20
もあり、現在では人口は第一段階から第二段階
の移行期だといえる。
3.3 人口に対して若者が多い理由
途上国では、子供の人数が人口の比率に比べ非常に多い(図 1)。若年層が人口に占める割合
が高く、所得が低い世帯では、より多くの子供を持つ傾向がある。
図 1 地域別にみた総人口に占める子供の割合(2004 年)
6%
11%
16%
21%
37%
49%
0% 10% 20% 30% 40% 50% 60%
先進国
開発途上国
後発開発途上国
(%)
18歳未満の人口の対数人口比(%、2004年)
5歳未満人口の対数人口比(%、2004年)
(出所)ユニセフ『2006 年世界子供白書』http://www.unicef.or.jp/library/pdf/haku2006.pdf 12 頁より作成
その理由は、途上国の子供を持つ意味から分かる。途上国の子供は農業の手伝い、家事など
の働き手であり、児童労働をすることによって家計の補助となる。社会保障が整っていないこ
とから、親の老後は子供に依存することになる。子供が働き手になる場合、扶養コストは少な
くすむので、生活保障の利益のほうが大きくなる。よって、できるだけ多くの子供を産もうと
する。多くの途上国において、女性軽視や女性に対する経済的・法的差別が根強く、女性の意
志を無視して男児が産まれるまで子供を生み続けるケースもあり、子供は増加し続ける
21
。
またサハラ以南アフリカでは、2004 年には 0-14 歳のほぼ 2500 万人がHIVに感染したという
推定がされている。サハラ以南のアフリカでは成人(15-49 歳)の有病率が 2003 年で 7.5%と
なっており、この病気のために 1500 万人の子供が親の一方あるいは両親を失っている。HIV/
34アフリカにおける開発経済学
エイズ以外でも、女性が出産する際に専門技術者が付き添う比率も低く、出産時に妊婦が死亡
する確率もサハラ以南アフリカは 1/16 という非常に高い数値となっている
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。子供は増加す
るが親は上記のような原因のため亡くなり、子供が多くなっているという状況である。
3.4 人口増加が農業に及ぼす影響
農業において人口増加は、人々にとっての土地を希少なものとさせる。1960 年代以来農村の
人口は都市へ移動した人口を差し引いても 2 倍以上に増えたともいわれる。人口が増加すると、
食糧等の農産物の需要は増える。よって、耕す面積を拡大させるか単位面積あたりの生産量(土
地生産性)を増やすしかなくなる。現在、アフリカでは耕地を拡大させる方法と、やせた土地
を耕し、森林を切り開いて畑に変える方法を同時に行っている。地力を回復させる休閑期間を
短縮することもある。これらの方法では、生産量の伸びは限られる。
さらに農地の拡大は、環境問題も引き起こす。家畜の増殖をした過放牧、森林伐採による森
林破壊など、土壌の酷使とともに、自然環境への大きな負担を及ぼしている。また、農村で暮
らせなくなった人は都市に流れ込むという現象も引き起こす
23
。
3.5 人口移動を引き起こす理由
……(未完,全文共36251字,当前仅显示6520字,请阅读下面提示信息。
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